紫外線

鳥や昆虫が見えるらしい紫外線が人間にも見えたらどのように見えるのだろうか?これは、新たな色として感じるということに置き換えられるように思う。ここでいう新たな色とは、既存の色を混ぜて編み出す類を指さない。色を編み出すその元の色に相当する。想像しても想像できない。ただ、鳥や昆虫は紫色と感じているかもしれない。紫色と紫外線の比較で検証できそうだ。しかし、コマ送りの応答とか速い動体への追随とか可聴域の拡張とかは、なんとなく想像できるが、紫外線の色はまさに言語化できない。単に抽象的に認識できない事象は感覚の対象にならないとしたところで、いざ超音波と紫外線という具体例で考えると対象外への見方は驚く程差がある。確かに、質感という言葉を実感させる。そういう意味では、磁力や放射線もどのように感じるかと問えば想像できない。しかし、あまりにもかけ離れているため抽象的にしか捉えられない。視覚の拡張とすることで、既存の感覚から近すぎず遠すぎずだからかもしれない。何か、人間に近いのも遠いのも親近感を持てるのに、微妙に近すぎず遠すぎずの存在には不気味さを感じるということを連想させる。全く逆の例のようでいて、どこかに共通点がありそうな気がする。一度戻ろう。よくいわれているクオリアをここでは質感とする。なるべく日本語を使いたいだけではある。その質感も感覚の経験の積み重ねでなんらかの脳内概念を形成していると考えている。意識と無意識を考えなくてはいけないのか、とりあえずおいておく。