必要な多様性

「前」とは、全てに優先して唯一決められるものではない。従って、色々な「前」に基づく評価軸が存在し、そのどれを選択するのが適切かは、必ずしも判断材料が全て揃っているとは限らない。しかし、一方では、結果的に保留が最適だとしても、何らかの判断を下す実態がある。このことは、実態の矯正方向と実態を受容した課題への取り組み方向と大きく二つの努力方向が暗黙に提示される。明確にどちらかが適切と判断可能だろうか。恐らく、決定は不可能だ。そこに、多様性の必要性が示されていると考える。選択可能な分岐、つまり、選択肢と考えると、択一の唯一解とできる条件はなんだろうか。恐らく、他の選択が視野にないか、経験的に他の選択肢を低く評価しているか、みたいな理由であって、積極的に説明できるとは考えにくい。現実的な例で考えてみよう。店頭で問題が生じたとしたら、問題の原因特定と現象の解消という大きく二つの努力方向があると考えられる。この少ない情報で予め重視する方向は決定できるだろうか。現象に応じて定めてある、とするなら、解決の基準は設定されているだろうか。ここで停止しよう。その場での対応から、本質的解決まで、取り組みには色々あると考える。発生頻度や影響範囲、その他様々な考慮が想定できる。また、一方で未着手で放置する愚も懸念される。恐らく、実行と切り離して、冷静に評価する機会がより多くの効果をもたらすと思う。この例では、問題発生としたが、平常時でも同じと考える。多様性は、思考にも必要性があると考える。