ビッグデータ

ビッグデータについては、簡単に言えば本来の目的とは別に集まっているデータを統計的人工知能的に解析すること、と考える。だから、二次情報ではなく、最初からビッグデータのためのシステムを開発するのは、もったいないような気がする。そして、収集方法や解析方法、解析結果の使用方法を理解して使用と情報提供を考えなくてはならないと思う。安全面の話は、ここでは除外する。性善説的に考えてみる。例えば、預金の入出金のパターンから、振り込め詐欺の注意喚起につなげることもできると思う。特に、ネット銀行とかのサイバー犯罪抑止につながりそうだ。似た話としては、顧客からのクレームからのデータによって商品やサービスの開発に役立てることも考えられる。元データは売り上げの実績データに限定しなくてもいい。むしろ、空振りのデータこそ重要だと思う。テレビや雑誌の非視聴率非購読データとか。そして、行政ほど利用を積極的に検討すべきだろう。交通情報とかは、よく言われている。都市での活用が念頭にありそうだが、実は無料公共交通機関を人工減少地域でこそ、賢明な活用が可能だと思う。モバイル通信との併用で、買い物や医療、介護のために、無料バスを呼んだり自宅近辺の通過情報を参考にしたりする利用データで効率的にできると思う。モバイル通信や無料バスの負担と、医療費その他の負担増加を比較したら、行政の負担軽減策になると思う。データの収集と活用に注意が集まりそうだが、データ解析こそ考えることだと思う。データの収集と活用は、入り口と出口の関係で、いわば幅広い人間の関与が推定できるから、必然的に注意が集まる。しかし、解析に関しては、専門性が高く、少数の関与が予見されるから、関心は集まりにくい。流行で早期に廃れるならば、教育とか長期視点はもちにくい。しかし、需要が増加すると予想される以上、教育から検討する必要性を感じる。解析に関しての進化こそ、科学技術の先端といえるから、教育と研究に予算を振り向ける関心が必要になるだろう。開発されたソフトウェアの利用も、開放的方向が活用と開発の好循環を生むと思う。一度戻ろう。ビッグデータに関しては、抽象的で実感されにくいから、幅広く理解されるように、広報的なモデルシステムが欲しい。コンピューターや数理的に高く専門性があるから、専門外からは、必要であるはずなのに理解されにくい状況は不幸だと思う。だから、打開策の一つとして、典型的なシステムが用意されると、一般人の関心が高まりやすくなって、広く影響を持つ政治家その他も関心が向かう可能性が高まる。そこのところが、感性になるのかもしれない。