日露戦争

対戦国は、植民地を持たず共産革命の前で、日本としてもかろうじて勝てたと考える。何が勝因かは、色々あるだろうが、調停の時期を間違えなかったことが最も大きいと思う。戦争は、勝ってる時は続けたいと考えるだろうし、負けてる時は挽回したいと考えるだろう。だから、どちらの状況であれ、やめる判断は難しい。始めた事業をやめることが難しいのと似ている。手堅く事業撤退する経営者は信用される理由だろう。実は、日露戦争を始めた理由も勝った理由もあまり関心がない。関心があるのは、戦後だ。戦勝国として、期待する国民の思いはわからなくもない。当時として負担は重かったようだ。その不満と戦勝国として獲得したものへの不満は、あるだろうとは思う。しかし、冷静に状況を分析するだけの情報を手にしていたか、という点では疑問を持つ。当時、どのように報道されたか、そこが詳しくわからないため、判断できないことが多い。つまり、報道されるべきことが報道されていなかったか、報道されていたが国民は冷静に判断できなかったか、みたいなことが判断できない。勿論、どちらか片方だけが理由になる訳ではない。しかし、目安にはなる。今でも批判の目で見ているが、報道の報道姿勢への努力不足を疑っている。また、今でも短絡的思考の志向の国民に意識を変える必要を感じている。その点で日露戦争後の問題への反省が不十分だったために、日中紛争始め太平洋戦争につながってしまったと考えている。では、反省が十分であれば、協調外交を実行し、経済の低迷を受容できたか、といえば、なんとも言えない。歴史を経た現代だから、勝手なことが言えることかもしれない。現在としては、将来世代から問題視されることに認識が欠けていることを考えずにはおれない。しかし、相似形は感じる。報道と民意については、日露戦争当時と、似ていると思う。冷静な判断のためには、状況を正確に把握するだけの情報の入手が前提になる。そのためには、報道が必要な情報を提供しなくてはならない。恐らく、情報は入手しているが提供の判断が適切ではないと思う。別経路は大学教授とかの手になるのだろうか。的確な判断を持つ人間がいるのに、それが伝わらないことに忸怩たる思いがある。どこがおかしいのだろうか。結局、多くの関心が向かうことに引きずられているという認識を持つか否かではないだろうか。一度戻ろう。日露戦争後、国民の不満への恐れが生じたとも考えられる。つまり、恐れから遠ざかる回避手段を選んでしまったと睨んでいるが、確証がとれない。その点は、しばらく諸々の情報を収集してから考えることにする。歴史は繰り返される、とはよく言われるが、歴史から学んで努力することもできる。