緩和追加

いやあ、すっかり騙された。直前までのコメントで何事もなく終わると思っていたが、追加した。

まあ、GPIFの国債売却分の対応くらいは必要だろうということは予想していたが、それでも計画が明確になってからと思っていた。

反対票の数は物語っていると思う。これはこれで色々考えられるが、この時点では連合艦隊司令長官の出撃の気持ちに似ていると思う。その意味では、出撃への追い風勢力になることがよさそうだろう。

円安が確からしいから、輸入への対応というよりエネルギーの削減は必要だろう。原発の稼働も必要とされてくると思う。

原発の停止と稼働で、安全性にそれほどの違いがあると感じていないので、休止中は無駄に思えるのだ。稼働前の手続きが複雑だから、早急な稼働は難しいかもしれないが、設備の安全性と運用の確実性が確認出来たら、事故の訓練計画を前提に稼働してよいのではないだろうか。それで、エネルギー輸入が減る効果が期待出来ると思う。

あとは、政府がしっかり増税を決めて改革を実施し、企業は設備投資もあるが消費に回るように取引先と労働者への配分を考慮すればよいのだろう。消費も増えればよいのだが、活況を感じれば増えるかもしれない。要するに、連合艦隊司令長官への追い風勢力になれば、それが回り回って増えて戻ってくると信じればよいということだ。

金融の状況にかかわらず、新規事業は必要だろう。これも多くなることを期待する。

世界的にみれば、米国の緩和終了の分を補う効果があるだろう。残るは欧州の番というわけだ。これも市場では織り込み済みというコメントを信じたい。

消費については、やはり新たな需要を開拓する必要があると思う。金融緩和という意味では既存市場の拡大を考えることだけでもよいかもしれないが、将来につながる市場の開拓が金融政策にかかわらず必要と考えているからだ。

趣味を押しつけるつもりではないが、娯楽も長く続けられる娯楽に親しむ機会を安価に試みに体験して、その娯楽市場が広がることは、社会の健全性確保の観点でも必要と考えられる。なんというか、本能に直結するようなものは長続きしにくいのだ。長続きして高みに達する喜びのようなものは人間を動物として捉えたとしても健全だと思う。そして、それは大概社会的にも健全なのだ。

個人の欲求を定義することは難しいというよりやるべきではないかもしれない。しかし、欲求の範囲を拡張することは、恐らく社会的に適正化する方向になると考えている。例えば、範囲を拡張しなければ地球規模の課題を他人事と感じても、範囲を拡張することで課題を実感することが考えられるということだ。

だから、欲求の範囲を拡張する機会が自然に生まれるような、長続きする娯楽市場というものが必要という理屈だ。その娯楽市場を特定しなければならないわけではないだろう。探索は開放されている。だから、講習でも観劇でも、長続きする娯楽という観点で公的機関が支援する意味はあると思う。また、初心者向けや試しに敷居の低い機会も必要だろう。敷居の低さは色々な意味がある。

事前に必要な知識が少ないという観点もあれば、安価や必需品の少なさという観点もあるだろう。また、周囲の目もあるかもしれない。もしかしたら、周囲を気にして食わず嫌いになっているかもしれない。

この娯楽市場こそ将来の本命市場なのではないだろうか。現状では他人が行うことを楽しんでいることも自身が活動主体になることで娯楽となるのではないだろうか。それは、学問も含まれる。研究が娯楽になることは十分に考えられるだろう。いや、これが本命のような気がしてきた。これは落ち着いて考えることにしよう。

また、脱線した。

現代の連合艦隊司令長官の出撃への追い風勢力として、何が出来るだろうか。その観点で各自が活況を目指して懐を緩めればよいということだろう。

緩める先として、健全な娯楽を提示したということだ。これには、少々複雑な根拠があるに過ぎない。

まあ、反対票を前にした心境に意気を感じたというところは正直ある。biasかもしれない。