思考の類似

水平伝播という遺伝があるとは、知らなかった。この仕組みはどのようなものなのだろう。

細胞分裂の話が新聞コラムに載っていた。それを読んで、細胞もその環境で最適になるような原理があって、部位の分岐が行われたのではないか、と閃いた。それが遺伝子として情報が埋め込まれているのではないだろうか。

飲んだ勢いで告白すれば、近現代の歴史から日本の統治機構には同じような間違いを犯すbiasがあると思っていて、何かで証拠づけられるだろうと探しているがなかなか決定的にはなっていない。思想より原理の方が強力と考えているところは、biasかもしれない。

では、その近現代の歴史とは、どのようなものを対象にしているか、と言えば、ノモンハン、開戦、終戦、不良債権原発社会保障のようなものだ。それらは、過去になって初めて評論される。同時進行渦中の人間の思考の類似があるように思う。

後出しジャンケンみたいに過去を評論することは簡単とも、判断根拠の情報範囲の広がりから困難とも言えるだろう。上の類似を語るなら、判断が科学的ではないということに込められると思う。客観的事実を目の前にして、それでも判断した結果がこのようなこと、とするなら脱力感以外のなにものでもないだろう。

原発社会保障は、現在同時進行途上だ。結論を誘導することは禁じ手に思うが、客観的事実を把握しておくことは結論の前に大切なことだろう。

結論は、悪者扱いされると思うから誰も手出ししない。泥をかぶってもやるべきこと、主張すべきこと、に邁進することが求められている。

ノモンハンで反省していれば、どれだけの損害が防止できた、と考えると結論を急ぎたくなる気持ちを汲み取って欲しい。